川越祭り囃子保存会

松龍会囃子連

松江町一丁目の山車は昭和25年(1950年)に製造に着手し、昭和27年(1952年)の川越まつりに初めて参加しました。
建造当時、囃子は、他町の山車と同じく川越周辺の囃子連が担当しており、当初は川島村角泉(現川島町)の角泉囃子連(山王囃子木ノ下流)が演じ、その後、川越市藤間地区の藤間囃子保存会(芝金杉流)へと引き継がれました。

昭和40年代に入り、後継者不足などの理由で周辺地域からの囃子連招へいの継続が困難となる山車が現れ、山車保有町内で囃子を担当するという動きが出てきました。また一方で、市制50周年を前に、元来川越まつりに曳き手として参加していた祭り好きの若者の間で、囃子を習いたいという気運も高まっていました。
松江町一丁目の場合も同様で、町内に住む熱狂的な祭り好きの若者達が連携して、当時町内の囃子を担当していた藤間囃子保存会へ囃子の指導をお願いし、昭和46年(1971年)より稽古をつけて頂きました。これが、松龍會囃子連誕生のきっかけとなっています。

松龍會囃子連は、町内の有志により昭和47年(1972年)4月に結成され、以来、結成当初の意志を引き継ぎ現在に至っています。
会員数20名弱と少人数ながら、川越まつりをはじめ、お正月の獅子舞、小江戸川越春まつり、川越百万灯夏まつり、市民文化祭祭り囃子の集い、川越まつり会館でのお囃子の実演など年間を通して幅広く活動しています。

松龍會

名称 芝金杉流 藤間会 松龍會囃子連
活動拠点 埼玉県川越市松江町一丁目
会員数 約20名
所属団体 川越祭囃子保存会
川越市囃子連合会
金杉会
藤間会
沿革 昭和47年(1972年)
町内有志により結成。
当時町内の山車の囃子を担当していた藤間囃子保存会より今福 芝金杉流の流れを汲む藤間囃子を学ぶ。
松江町の「松」、町内の山車が龍を題材としていることから「龍」の2文字を取り、「松龍會囃子連」と命名。
平成4年(1992年)
師匠である藤間囃子保存会を筆頭に、同一門下である末広町 住吉囃子連とともに藤間会を結成

松龍會囃子連

松龍會囃子連